バンドを辞めるまでの話1
空が溶け落ちたような雨だった。街や空、将来すらも灰色に濡れてしまいそうだった。
新宿三丁目の外れにある交差点の真ん中で、ずぶ寝れになって僕は倒れていた。人が溢れるぐらい歩いているのに、僕に声をかける人は誰一人いなかった。
歓声のような雨音が鳴りまくる二〇一一年の夏。僕はこの東京で社会の数に数えられてすらいなかった。
「社会人バンドなんていっぱいいるし、就職しながらやるのもいいんじゃない?」下を向きながら伊藤が喋っている。
「上京してたった一年で考えることじゃないだろ」
「諦めるなら早い方がいいって」
入り口から一番遠い席に僕ら三人は座っていた。
歌舞伎町のど真ん中の、どこの同業も羨ましがりそうな立地の喫茶店だった。店内には客が僕達しかいない。そのおかげで幸か不幸か不景気な話がしやすいな、と間抜けな考えが浮かんでいた。自分も当事者のはずなのに、何故かぼんやりとした感覚で、僕は彼らのやりとりを聞いていた。
「菅さんになんて言えばいいんだよ」高木の声は普段よりも怒気を含んでいるように聞こえた。
「あの人は別にサポートで手伝ってくれてるだけだから、普通に『社会人になってやります』でいいだろ」
「メンバーになる前提でやってくれてるのに、それは普通に考えて駄目だろ」
お互いが「普通」と呼ぶ価値観がぶつかっては飛び交っていた。そんな話し合いが建設的に進むべくもなく、どこにも着陸出来ない話題が幾つも宙に浮いたまま、僕らは店を出た。
「じゃあ、俺バイトあるからここで」
仲違いしたわけでもないが、考え方が違う相手を尊重も出来ないといった、そんな声色だった。そう言ってギターケースを背負ったまま、足早に伊藤は駅に向かって行った。「もう終わりだな」と感じさせるには十分な足取りだった。
しばらくして、彼の姿が見えなくなった頃、高木がつぶやくように言った。
「これから、どうする?」
「どうもこうも、まぁもう無理だろ……でも、ちょっと一人で考えたいから、俺もここで行くわ」僕はそう言って、会話を切り上げた。
「わかった」そう言って高木も僕と逆方向に歩いて行った。高木は高木で色々な思いが錯綜しているように見えた。
『一人になりたい』などと聞こえのいい風に言ったが『これからどうする?』といざ聞かれて、僕は怖くなっていた。
これまでダラダラと何となくやってきたバンド活動だった。しかし、その甘さのツケは僕らの人生にしっかりと伸し掛かってきていた。そしてその責任を取る方法は全く分からなかった。
情けなくも思った。人々の日常に溢れている『これからどうする。今から飲みに行くか?』とはまるで違う意味合いの『これから』を僕らは確実に失っていた