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都内在住

音楽を作って暮らしています。作られた時のお話を書いてます。

将来線路に飛び込まない為に作った曲の事

今週のお題「好きな街」

 

 

レールと車輪が断末魔のような音をあげ小田急線は緊急停止した。

 

「ただいま人身事故発生のため運行を見合わせております。お急ぎのところ大変申し訳ありません。」

 

アナウンスが鳴り響くと同時に乗客のため息と舌打ちが聞こえてきた。この人口密度のせいか彼らの落胆と苛立ちはあまりに鮮明に伝わった。

 

「すみません。人身事故がありまして、着くの遅れそうです。すみません」

 

目の前のサラリーマンとおぼしき中年は謝罪に始まり謝罪に終わる日本語をスマートフォンにぶつけている。座席のOLは事故発生前にしていた化粧のチェックを事故発生後も継続している。

 

十五分後電車は動きだし、彼らと共に新宿駅のホームに勢いよく吐き出された。

 

到着と同時に走る者もいれば駅員から遅延証明書を受け取り歩く者もいる。下車後ただただそれを見ていた。その風景を見つめていると不思議と足が前に出なかった。

押し寄せる人の波は僕の胸に次第にやり場の無い悲しさを放り込んで来た。その心臓が鷲掴みにされているような閉塞感は今までに味わった事のないものだった。

 

彼らの足は前に進んでいた。速度の違いはあれど誰もがそれぞれの目的地へとつま先を踏み出していた。それを見て僕は彼らが何かを守っている事に気付いた。一人で暮らす者は自分を。家族がいる者は家族を。夢がある者は夢を。皆何かしらを守るためにそれなりに我慢して折り合いをつけながら日々をやりくりしている。

しかし朝は彼らの体調や事情を汲む事は決してせず、ひたすらに日々を投げつけてくる。誰もが苦しさを誤魔化しながら逃げもせずに黙々とそれを打ち返している。

 

新宿駅は皆自分の事で精一杯だった。視界は自分の身を守るためだけの広さに集約されていた。そんな中、今日は運の悪いやつが一人亡くなっただけの話。そう言いたげな風景だった。

 

勿論今日だけではなくこの国の何処かで昨日も一昨日も誰かの命が散っている。

我が国には年間に万人もの自殺者がいる。行方不明者を合わせると倍以上の数になる。残念だが先ほど起こった事は別段珍しい事ではないのが事実だ。

 

僕はそれでも立ち尽くしていた。

 

「今日死んだ人だって1年前まではこうして背筋を伸ばして新宿を歩いていたんじゃないだろうか」

 

そう思うと目の前で今日に立ち向かう新宿駅の人々が急に綱渡りをして毎日を繋いでいるように見えた。彼らがいつ落ちるかも分からない太さの綱を猛スピードで行き来しているような感覚だった。

 

年間万人と書くと一言だ。しかし人が死んだ事象365日だけで3万回あったと考えると陰鬱な気分は僕の臓物全域に散布された。彼らには家族もいたかもしれない。恋人がいたかもしれない。夢があったかもしれない。それこそ新宿駅の人々同様に何かしらを守ろうとして戦っていたかもしれない。普通に考えればそうでしかなかった。

 

人一人の人生が終了する。機械が壊れたのとは訳が違う。人生にはそれぞれの心があり、それぞれに関わった人々がいたはずだった。平凡なんてものは実際この世には皆無でありそれぞれのドラマが人の数だけ存在する。

 

だが心は破れさり散った。自分が乗っていた電車に飛び込んだ誰かの命が散った。

その出来事の重さに反比例して通常運転の新宿駅はあまりにリアリティが無かった。しばらくしても心は鈍く痛み、風邪のような耳鳴りはやまなかった。

 

人が多すぎる程多い東京の中でも死ぬ時は皆一人だ。当然だが悩みが悩みだけに気軽に相談などできなかったと思う。相談しても止められると分かっている悩みなど相談事として成り立っていない。人は皆一人で孤独に散っていく事を如実に表している事実だ。

 

では飛び込む時怖くなかっただろうか。今日までは守ってきた「何か」がもう二度と守れなくなった事は悔しくなかったのだろうか。守り続ける苦しさよりもたった一人で死の恐怖を選択した彼はどんな思いで死んでいったのだろうか。

 

そして誰が次の年の万人になるかは本人にさえも分からない。目の前の走る人も歩く人もそれを見ている僕自身も綱から落ちる可能性がある。そう考えると胸が千切れそうになった。死にたくなかった。生きて今この時よりも人生を良くしたいと思っていた。

 

気付くとアルバイト先に行く時間はとうに過ぎ、スマートフォンにはフィーバーしたパチンコのように電話がかかってきていた。しかし動けなかった。僕はもうなんとなく働く気になれなかった。

 

ひたすら歩く事にした。

新宿から代々木上原。下北沢、下北沢、新百合ケ丘へと歩いた。歩いていると耳鳴りがやむ気がした。定期的に訪れる金属と金属を叩きつけたような踏切の音を手掛かりに線路沿いを歩いた。足の感覚が無くなるまで歩き続けた。

 

気付いたら空は次第に暗くなり、まるで僕の体調や事情を汲むかのように陽は落ちた。

その落陽は何もしたくない人間にとって唯一訪れる安息の瞬間を映像化したかのように見えた。

 

二十三歳になる上京したばかりの春の事だった。

 

その日の事を歌にしたら少し心が楽になった気がした。

https://www.audioleaf.com/artist/player/qooland/