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都内在住

音楽を作って暮らしています。作られた時のお話を書いてます。

失くす事から目を背けない為に作った曲の事

お題「マイルール」

 

大切なものを失う。という感覚を最初に知るのはいつだろうか。幼児の頃だろうか。それとももう少し成長した頃だろうか。思い出す事ができる者は稀だと思う。

 

 

海馬を掘り返すように記憶を探ってみると、鮮明に覚えている一日がある。小学一年の頃だ。飼っていたジャンガリアンハムスターが老衰で死んだ。

僕の住んでいた町は両親の実家と離れていた。さらに複合家族ではない家に育った僕にとって、祖父や祖母の死、仏壇などは身近な存在とは言えなかった。そんな僕にとって最初の命の消失を教えてくれたのは小さなペットだった。

この前まで所狭しと走り回っていたペットはある朝、全く動かずに横たわっていた。材木のように取り扱い易くなったその体は、昨日まで生命が宿っていたとは信じ難い程だった。

ただただ悲しかった。その独特の神経を握り込まれているような胸の痛みは今も覚えている。そして脈々と波打っていた生命が終了した現実を象徴するかのような横たわる小動物はひたすらに痛ましかった。

 

僕は幼い頃から大人に従順な子供ではなかった。もっと言えば大人に対し、侮りに近い感情を抱きながら毎日を垂れ流していた子供だった。その考えからかペットを失った悲しみを伝える事はしなかった。

この心の痛みは打算や面子で生きる親や教師に理解はできまいと決めつけていた。

 

その次の年だった。

遠く離れた場所で父方の祖父が息を引き取った。癌による病死の数え年は七十七だった。

前述した通り身近とは言えなかった祖父の死はどこかピンと来なかった。会った事も数度であったし、悲しもうにも悲しみようがなかった事を覚えている。

 

葬儀の日がやってきた。

まだ出来たばかりの明石海峡大橋を渡り、淡路島を越えていく。この半年後に震源地になるとは露知らず神戸の海は穏やかだった。

 

僕にとって人生で経験する初めての葬儀となった。

出席者達の身を包んでいた黒服が印象的だったが、葬式と言えばもっと厳粛なものかと思っていた。式が始まるまで大人達は祖父の生前の話を肴に、楽しそうに酒を酌み交わしていた。意外にも笑顔が飛び交い、特別消沈もしていない雰囲気は不謹慎にも見えた。

その光景を見てやはり大人は打算や面子で生きている薄情者だと思った。命の消失に寄せる灰暗い虚無感という感性を持つ自分とは違うと軽蔑した。繊細さは年齢と共に失われるのだと感じていた。

 

暫くして式が始まった。

経が読まれ木魚の音が大部屋にルーズに鳴り響いていた。話に聞いた事はあるが当然初めて見る儀式だった。だが特別興味をそそられる事も無く、一刻も早く帰りたい気持ちが大きくなっていた。

退屈によそ見ばかりしていただろうか。ふと横を見ると父親が泣いていた。父の涙を初めて見た。

釣られたか否か分からないが、気付けば他の大人達も泣いていた。大勢の大人が集まり泣いているという光景は衝撃だった。噛み締めるような嗚咽を上げる彼らに動揺した。そんな僕を置いてけぼりにするかのように式は進行した。

祖父を極楽浄土に誘う経は後半を迎えつつあった。ふすまから差し込む傾いた陽が綺麗だった。その日の全てを悼むように燃えていた。

 

帰りの車の中、ボンヤリと考えていた。

 

「大人はそう易々と悲しみを顔に出せないのかな」

 

冷徹、諦観主義、無感情、守銭奴。そんなイメージばかりだった。

しかし大人には大人の事情があって、泣きたくてもそう簡単に泣く事が出来ないのかもしれない。そう思うと大人が何となく仲間になったような気がした。

訪れる悲しみに彼らも納得をしているわけではない。だが後ろばかりを見ているわけにもいかない。僕は自分という小さな存在が、その営みの中で生かされている事を感覚的に知った。

 

それから十年後に僕は両親と暮らす事と住んでいた町を失う事になる。

様々な事情で実家に住めなくなり、大阪で一人で暮らさなくてはいけなくなった。この急遽訪れた両親や地元との離別は改めて「失くす」という出来事の無情さを思い知った。だが泣いているばかりでは生きてはいけない。

 

今僕が兼ね備えているもの全てに永遠は無い。

歌を作る事を延々と続けてきているが、いつ何時この能力を永遠に失うかは誰にも分からない。そして信じているものが側から離れていく事は今までも無数にあった。その度に心の強度が増せば良いのだが、そんな事はまるで無く、つらい事件に幾度となく僕は砕かれた。

 

もう人間をしばらくやっている。

段々と掴めるものが幾つも無い事が分かってきてしまった。あれもこれも手に入れる事は出来ない。

だが無情にもたった一つの事ですら抱きしめていくには生半可じゃない努力がいる。そしてそれすらも力及ばず運及ばず、手から滑り落ちる事がある。

しかし「いつか消えるから信じるのをやめる」「いつか失くすから護るのをやめる」という理屈に感情が導かれた事は一度もない。人は必ず失ってしまう。それを大人達は知っていた。それでも日々懸命に失くならないように足を前に運び、手は何かを掴もうとしていた。

 

僕も大人になった。 あの日泣きたくても簡単に泣かずに生きていた大人達になれただろうか。少しでも近づきたくて歌を作った。

 

【それでも弾こうテレキャスター Track-3】大切なお知らせ | QOOLAND 歌詞

 

それでも弾こうテレキャスター

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