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都内在住

音楽を作って暮らしています。作られた時のお話を書いてます。

護られている事を忘れない為に作った曲の事

頭上の雲まで茜色に染まったかと思うと、次の瞬間には夏の夕闇がにわかに濃く迫ってくる。そんな表現がよくよく似合う、時間の流れがやけに早い一日だった。もう二十年以上前の事だ。

 
 
人生には数多くの節目がある。
その中でも幼児から小学生になるタイミングは誰の身にとっても指折りの節目なのではないだろうか。
六つも上の人間が先輩として君臨し、勉強や運動で競争を強いられるようになる。温室でぬくぬく育ったそれまでの社会と比べると圧倒的大人の社会であり、厳しくも自分の可能性を試す世界だ。
そして目に映る一つ一つに感動を禁じ得ないほどには、幼すぎる多感な時期でもある。
 
入学したばかりだった僕の目にはあらゆるものが新鮮に見えた。
街路樹の木々は背丈よりも遥かに高くそびえ立つ塔のようで、落日に彩られ光を呼吸するように赤く燃える雲はオーロラよりも美しかった。
 
日々は重ねるのに大人になった今よりも時間がかかり、一日一日が長く感じた。だが確実に少しずつ進んでいき、人生初の夏休みが間近に迫ったある日の事だった。
 
知らない町に足を運んでみようと思った。
 
知らない町と言っても自宅のある六丁目から、四丁目に行くというだけの話だ。距離にすれば三キロもない。
それでも僕にとっては初めての冒険であり、一人きりで振り絞ったちっぽけな勇気だった。両親に手をつながれて、遠出するのとは全く別次元の興奮に胸の奥がきゅっとするのを感じていた。
通りの先に何があるのか。もっと素晴らしい世界が広がっているんじゃないか。
その期待から衝動を我慢せずに僕は家を飛び出した。
 
その日は土曜日だった。
学校は午前中で終わり、午後二時過ぎに家を出た。知らない道をどんどん進んでいった。
空は青く、地面はどこまでも繋がっていて、世界の果てまで到達しそうだった。焦る気持ちからか、赤信号で足が止まる度に一秒は十秒にも感じられた。
 
大通りを跨ぎ、区画を越えていく。
立ち並ぶ家の様相は別の国に来たんじゃないかと思える程に一変した。坂道が見えてくる。その大人にとってすれば、軽い傾斜だ。それでも僕にとっては最大の難所であり、永遠とも思える急勾配だった。
 
初めて見る一つ一つの風景に感動していた。
言葉にすると消えてしまいそうな淡い感動を胸にしまって、足の赴くまま世界の果てを目指した。
しかし一方で陽射しは宵闇に追われ、次第に周辺は濃紺へと変わろうとしていた。
 
空が暗くなるにつれ、僕の心にも得体の知れない暗いものが広がっていった。そのぐらつく椅子に座っているような心許なさは、徐々に足取りを重たくした。
うすうす勘づいていたが、怖くて気付かないふりをしていた。ようやく観念して、辺りを見回した。見た事もない風景が広がっていた。もはや自分が何処まで歩いたのかも、何処にいるのかも分からなかった。
 
とんでもない事をしてしまった気がした。
このまま二度と家には帰れないような恐怖感を感じながら、帰り道を目指した。だが前方を大きく包み込む暗闇は膨張する宇宙を思わせ、不安と寂しさからその場にへたり込んでしまいそうだった。
上空に浮かぶ月や一番星を頼りに歩く漫画の知識は、何の役にも立たなかった。理不尽にも僕がそんな主人公や作者を呪った頃、時刻は夜の六時を過ぎていた。鳥の声が不気味に町に鳴り響いた。
 
棒と化した足を使い、ただただ勘を頼りに家路を目指した。帰路の検討はつかず、家を出た時には世界の果てまで繋がっていたはずの歩道は、僕の家にだけは繋がっていないのではないかとさえ思えた。心は不安に押し潰され、泣きながら誰一人存在しない暗闇を歩いていた。
 

そんな時だった。前方に人影が見えた。僕を呼ぶ声が聞こえた。母親だった。
 
 
人生史上最大の生命の危機を感じていた僕とは対照的に母の反応は気楽なものだった。夕飯の仕度が出来たのに、いつまでも僕が帰ってこないので近所で遊んでいると思ったらしい。そこでちょっとその辺まで探しにきた程度の事だった。
 
しかし、母親に見つけてもらった安堵から僕はわんわんと泣いた。初めて味わった孤独と、そこから救出された安堵感はあっさりと感情を決壊させた。
あの遠い路を駆け通してきた心細さを思うと、いくら泣いても足りない気持ちに迫られながら泣いていた。
 
それにしても人間の心というものは現金なもので、それは子供でも例外がないらしい。先程まで真っ暗闇に見えた世界が急に明るく見えてきた。
情けない話だが暗いといっても街灯は幾つも灯っているし、立ち並ぶ家の窓からは明かりが無数に漏れ出していた。
恐怖にかられれば柳の木でさえ幽霊に見えるとはよく言ったものだ。落ち着いて見上げた神戸の空の夕方は、目をつぶっていても心に届いてきてしまいそうな美しさを放っていた。
その風景と共に冒険の高鳴りと孤独への不安、そして自分を護る存在の安堵感を一度に浴びた一日を終えた。
 

この話は未だに不思議な事がある。
僕が彷徨っていた場所まで母が真っ直ぐたどり着いた事だ。
本人に聞くと「なんとなく」というあまりありがたくない解答が頂けた。だが僕の中で母親、ひいては女の人の持つ愛情というエネルギーの強力さを実感したエピソードだった。
 
 
それからも僕は人生の窮地で女の人の持つ独特の不思議な力によくよく護られてきたし、腕力などではない強さに生命そのものを救われてきた。
今これを読まれている皆様にも自覚があるやも知れないが、我々男というのはほとほと馬鹿な生き物である。子供の頃から女の子の方が考えも大人である事が多いし、どうやら反抗期も圧倒的に男の方が多いらしい。
さらに付け加えれば大人になってからもその過ちを繰り返す。
 
僕も注がれる愛情に慣れ、感謝を忘れる失態は日常茶飯事だった。当たり前にそこにあるものと勘違いし、勝手を犯す事が幾つもあったように思える。
 
正直生まれてきてから気兼ねなく勝手をやってきた。しかし自分一人では不可能だった。立てているステージを作っているのはそこに立っている人だけではない。そんな事を忘れない為に作った歌をアルバムの最後に添えた。

 

COME TOGETHER

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