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都内在住

音楽を作って暮らしています。作られた時のお話を書いてます。

道に座り込んでいた事を忘れない為に作った曲の事

今週のお題「好きな街」

 

貧乏だった。とてつもなく貧乏だった。

 

僕の生まれ育った街は神戸市営地下鉄の最果てにある「西神中央」という。ニュータウンを気取った田舎だ。

コンビニが出来たのは十七歳の時で、ビデオレンタルショップが出来たのは十八歳の時だった。二〇一六年現在未だにコンビニは二十四時間営業ではない。理由としては不良の溜まり場になるという、臭い物にひたすらフタをする排他的なものらしい。これもうわさ話で恐縮だが、狭い地域にありがちな短絡的な権力者がいたと後々聞いている。

 

僕はこの街で悠々自適に親の庇護のもと、高校三年生まで過ごしていた。十八年も生きていれば些細なトラブルはあったが逆に言えば大きなトラブルはなかった。

街に住む人達は殺人はしないが、イジメはするような気取った小金持ちが大多数だった。村八分があちこちに散乱していた。その親に育てられた子供が形成される学校の色もそんな色だった。

矢吹丈やリアムギャラガーをはじめとするアナーキーなヒーローに憧れていた僕にとって、フィクションの脇役のような性質を持つ地元の人達は好きではなかったが、大きくモメる事もなくそれなりに上手くやっていた。そんな僕の特別楽しくもないが、平穏で保障された暮らしはある日脆くも崩れさった。

 

その夜は自室でTVを見ていた。ブラウン管の中では駆け出しのお笑い芸人が大物司会者に気に入られようと、目をギラギラさせていた。

そんな時乾いた音のノックが聞こえた。鍵も備えていない無防備なドアが音を立てたのは久しぶりだった。

「話がある」

父だ。親子間で言葉を交わすのに丁寧すぎる宣告に背筋と部屋の空気が張り付いた。

からこういう空気は大の苦手だった。この空気が流れて人類史上ポジティブな話になった試しが無い。

「なに?」

平静を装ったが、自分自身の口から放たれた声のトーンは普段よりやけに高く聴こえた。

「この家無くなるから何とかしなさい」

想像の斜め上。いや、その更に上を行かれた気分だった。

「いやいやいや、困る!急に言われても困るっつーの」

慌てふためく僕を裏腹に

「まぁもう決まったから1人で暮らしてもらう」

大雑把に父は言っていた。脳内に変な音が鳴っていたようで父の声はよく聞こえていなかった。

 

未だに詳しく知らないのだが、諸々の仕事の事情らしく両親は僕を置いて神戸、ひいては関西圏を離れる事になった。

 

平穏という形の無いものは変わらない一日一日の連続が積み重なり作られる。だが積み上げられた平穏をなぎ倒すのは意外に容易らしい。そびえ立った積み木細工の下段を一気に抜くように僕の平穏は十八年で崩れさった。

 

四月。僕は阪急線の十三という街にいた。大阪には変わった読み方の駅が多いが、此処も多分に漏れずに『じゅうそう』と読む。関東圏の人はまず読めないだろうと思う。

 大阪の心臓部である梅田駅の隣りである事や地元である神戸に直通出来る事、その割に家賃が安く進学先からも五駅ほどだった。よく駅の下見もせずに一人で暮らす城として決定した。今思うと安易だった。

 

この街には僕が今まで酸素や水のように無限に有ると思っていた『治安』というものが存在しなかった。代わりに往来での取っ組み合い、恐喝、盗み、器物損壊などが酸素や水のように豊富にあった。それまで十八年間ぬるま湯にいた僕からすると悪の華が咲き乱れる修羅場そのものだった。

ついでに道端で暮らす人間を見たのも初めての経験だった。その道で腕ずくで財布を盗られそうになったのも初めてだった。あんなに嫌っていた地元に帰りたかった。

 

春先は学校に友人も殆どおらず、とても寂しかった。狭いワンルームの部屋で聴いてくれる人のいない曲を毎日作っていた。たまに高校の頃の音楽仲間が来るぐらいだった。そんな基本的にはあまり明るく楽しくない新生活は少しずつ滑りだしていった。

 

セミは鳴いていないが、薄着をしても体調の心配をする必要もない。そんな気候になりはじめた頃。仲間達とバンド活動をする事になった。音楽活動は本当に楽しかった。友達に紹介されたドラマーがメンバーにいたのだが、本当に上手だった。

僕が高校生の時に一緒にやっていたメンバーとは雲泥の差だった。作った曲を上手なメンバーと爆音でプレイできる喜びが生き甲斐だった。その快感を頼りに身体を引きずって生きていた。

 

一人の暮らしは貧乏だった。

アルバイトの面接に幾度と無く落ち、辿り着いた職はピンクチラシを無差別に投函するという不名誉なものだった。貰える賃金は少なく、僕が生きていく事を前提に算出すると大きく足りなかった。まるで火星までの燃料で木星を目指しているようなものだった。

 

その日も地図を見てはアパートからアパートへと歩いていた。どういう基準かピンクチラシの配布先に指定があるのが面倒だった。

かつて人気があった事があるのだろうかと、疑いたくなるような裏道に足を踏み入れていた。建物の隙間から吹きこむ風が手に持っていた商売道具をパタパタと叩くのがうっとおしかった。チラシの音以外に聞こえるのは遠くで鳴る踏切音だけだった。嫌な静けさがこぼれ出しそうな通りだった。その最奥地にようやく目的のアパートを見つけた。

 

ポストへと歩を進め、投函していった。品の無いデザインに、品の無い内容が書かれた紙は、無機質な銀色の箱に一枚ずつ吸い込まれていった。そんな時だった。

 

「おい。勝手に何してる!」

 

横から急に怒鳴られたので心臓が跳ね上った。音のしない空間にいきなり飛び込んできた大声は僕に対する敵意に満ちていた。そちらを向くとアパートの管理人と思しき初老の男が立っていた。「睨みつける」という動詞がふさわしい眼光だった。

 

「ーーいや、チラシを………」

「何しとんねん!誰に許可もろてやっとんじゃ! 警察呼ぶぞ!」

 

自分がどれぐらい悪い事をしているのか認識出来なかった僕は何も言わずに駆け出した。反対の出口から通りへ飛び出した。

「おい!待てコラ!」

後ろから怒号が聴こえたが、振り切るように走った。走りながら心の中に苦いものが広がっていくのが分かり、気持ち悪くなった。通りの出口にたどり着いた時には息が出来なかった。全力疾走のせいだけではないように思えた。

金銭だけじゃなく、僕を形作ってきた色々な要素が失われていくのを感じていた。自分の体から悪の華の香りがした。

 

それからと言うもの場所や諸々、配布する際に決められたルールはあったのだが、次第に適当に数を誤魔化していた。自由出勤と違法の線上にあったポスティング業にモラルも忠誠心も無かった。何より僕はもうあの急降下して息が出来なくなるような不快感を味わいたくなかった。

 

バンド練習は町の安い貸しスタジオを使っていた。音も劣悪で設備も良くはなかった。あまり手入れがされていないマイクやスピーカーは、いつもキンキンとハウリングを起こしていた。

その日も気付けば練習というにはあまりに不真面目であり、遊びというにはあまりにも本格的な二時間が終わった。

 

「おつかれー」

「また来週」

 

待合室にメンバー達の声が行き交い、相場よりは安く、僕の預金には確実に痛恨である料金を支払いスタジオを出た。

帰り道はもう六月だというのに妙に薄暗かった。夜道に人の気配もしない。虫の羽音が街灯に巻き込まれ、その度に気味の悪い音が妙に響いていた。

 

下を向き歩いていた一瞬だった。

ワゴン車に引きずられたのかと錯覚するようなスピードで後ろから肩を掴まれた。そのまま一気にコンクリートに叩きつけられた。速く重たいストンピングが熱帯のスコールのように降り注ぎ、焼けるような痛みが襲ってきた。自分の身に何が起きたか分からなかった。

 

チラシの元締めの男だった。

配られた数が合わない事に気付いた男は怒り狂い、僕が一人のところを奇襲したのだった。男は僕を死ぬ直前まで殴りつけた。身長百九十センチを超える大男の拳の痛みと、めくれていない皮膚がめくれ、焦げはじめるかのような恐怖感に全身の自由が奪われた。

ボロボロになった僕に男は現金を要求し、二つ返事で預金の大半を吐き出す事になった。風前の灯火を続けていた残高は、動脈を破ったかのように引き落とされた。

大した額じゃない事実は心を安堵させたが、自分の命の価格と思うと情けなくて涙が出た。そして何故ここまで失うのかと悲しくなった。たった三ヶ月で人間の暮らしがこうまで変わっていくのかと信仰もしていない神を今さら呪った。

 

本当に平穏というものは一瞬で崩壊するものであっという間に人生史上最悪の貧乏生活が始まった。

アルバイトを失い、預金まで奪われたダメージはしっかりと身体と心を蝕んだ。自分の人生に歴史があるとすれば、この時期はありとあらゆる最下位を更新し続けていた。

なけなしの五百円は空腹を満たせない野菜には使えなかった。天秤に栄養と満腹感をかけた時、栄養を選択できる程賢くはなく、なるべく米を買う日々が続いた。野菜はヨモギを摘んで代用した。

夏の後半にはついに夜の路上で倒れた。栄養失調だった。ただれた消費者金融の看板と三日月が十三の夜に燦々と輝いていた。

 

心は泣くとその分歌うとはよく言ったもので、その頃はよくストリートライブをしていた。現在は綺麗に整備された十三の東口だが、当時は妙に雑多で警察の注意も一切無かった。

深夜の歓楽街特有の曖昧な灯が好きで、日付けが変わる頃から四時間ぐらい東口で歌うのが日課になっていた。

「失うものも無いし貧乏な自分にはお似合いだ」と半ば自棄になって始めた活動ではあったが僕の音楽人生において大切なターニングポイントになった。

 

道にあぐらをかいて道行く人に歌うなど気取ったあのニュータウンに住んでいた頃の自分からは想像もつかない絵面だった。だが妙にしっくり来た。それまで嫌いだった汚く野蛮な十三と、そこに住む人々が好きになっていったのはこの路上ライブがキッカケだった。


世の中には立ち上がった時の目線、歩いている時の速度では認識できないものが数多くある事を知った。

何故か座り込むと「目を凝らす」という動作が自然にできる。不思議と空を見上げる回数も多くなった。数分前には目に映らなかった小さな星が数え切れない程瞬いていた。

 

街には人がいて確実に回転していた。その忙しく高速に能動するものの本質は歩きながらでは到底見えなかった。

僕は未だに地方の知らない街に行くと、座ってその街と道を行く人々を見る。目を凝らさないと本質や美点まで辿り着けないものは山ほどある。この世には分かりやすくなくても良いものが沢山ある。

 

道で歌い続けた。

座り込み、街よりも遥かに低い視点で街を見つめながら歌った。最初はただ夜に向かって声をぶつけていただけだった。だが次第に街は僕を認識した。

道行く酔っ払いは千円札と一万円札をギターケースに放り込んだ。

ビザ切れのアジア人の女には五日続けて食事を奢ってもらった。

ギターを貸したニューハーフは僕の曲を僕より上手く弾いた。


「おー兄ちゃん。またやってんなー」


と言われるのが嬉しかった。

自分が作る歌にどうしても書かざるを得ないようなものが宿っていくのを感じていた。一人で暮らしてから音楽がますます好きになっていた。

 

それからも奪われた事もあったし騙された事もあった。傷の上に傷が重なっていくような理不尽も浴びた。

でも毎日は苦しかったが「その街に降り立たなければ良かった」と思った事は一度もない。何かを歌いながら泣いて笑って死にたいと思った。

人間を長くやっていると物事が見えなくなる時がある。そんな時、膝を抱え地面に座り込んでいたあの日を思い出す。だからたまに目を凝らすために座り込むようにしている。

 

これは続いている。紛れもなく続いていると確信するために歌にしている。

http://petitlyrics.com/lyrics/1038243

 

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